空手家が読む「自分の中に毒を持て」|岡本太郎



『自分の中に毒を持て』岡本太郎 は、一言でいうと自分の人生も後悔なく歩んでいくための自己啓発本です!また、アートも武道格闘技も情熱の燃やし方は同じだと感じました。邪念を吹き飛ばし、自分が歩む方向性を確認できる内容です。

岡本太郎といえば日本を代表する画家、芸術家です。1970年大阪万博で披露された「太陽の塔」を作成した芸術家です。人間の尊厳と無限の進歩発展を表現したものと紹介されています。JR渋谷駅と井の頭線渋谷駅の目立つ大きな絵画「明日の神話」も彼の作品です。

自分の気の弱さが許せない人、情熱を燃やせるようなやりたい何かが見つからないという人、継続力がない人、いつも人と比べてしまい自信喪失しがちな人、強い意志エネルギーが湧いて来ない人、すべてが中途半端で自分には大した価値がないと思っている人、何とも言えない孤独感がある人、幸せとは何なのか見失ってしまった人、ひとつでも当てはまれば、お勧めの本です。全部当てはまってしまったという方は完全なあなたのバイブルになると思います。

意外な発想を持たないとあなたの価値はない

 自分の弱さが許せない人に向けてのお話ですが、私はダメ人間なんだ!それをストレートに受け止めなさい。自分を責めても自分の気持ちは決して強くならない。むしろ自分は気が弱いんだと思いながら、逆に強くなろうとジタバタしてしまう。

自分は気が弱いことを自分で認めてしまえ!と説いています。その結果、何かしら自分なりに積極的になれるものが出てくる、無条件にやりたいと思えるものへ情熱を傾けられるものが見つかる、もしそれが見つかったらもう人がどう思うとか、他人の目は気にせず、萎縮せず、ありのまま行動しなさいと説いています。

何も見つからない時もこの姿勢が大事だ!駄目なら駄目人間でいいと思って、ダメなりに自由に制約を持たずに生きていくんだ!そうすれば必ず何か見つけられるチャンスが開けてきます。

まずはありのままの自分を認める、その次のステージにあなたが一生をかけて情熱を傾けられる夢があるんだと言っているわけです。すばらしい・・!

無条件で生きろ

言うことは簡単ですが、そんな情熱を燃やせるようなことはなかなか見つからないです!岡本太郎は一言「無条件で生きろ」と言っています。この言葉は本書で何度も強調されているワードです。ただ「無条件で生きる」というのは意味がわかりづらいです。


言い訳ではなく、思いついたら行動に移せということです。「空手道の試合にでるなら、来年ぐらいかな」「空手道の審査を受けるなら、もう少し練習していから」「空手道場に入門するなら、受験が終わってからかな」とか。そうじゃなく、ちょっとでも情熱を感じたら今すぐやりましょう!と言っているわけです。

チャレンジをして失敗してもOK、やりたいことを見つけようとしなくてもOK、とにかく、ちょっとでもモチベーション曲線が上を向いたらそれを無視しちゃダメ、それがチャンスだということです。条件とか考えず飛び込んで行きなさい。やってみたけど興味が続かなかったでもOK。「三日坊主でかまわないその瞬間にすべてをかけろ」です。


それを繰り返していくうちに自分の中に燃え上がる何かが見つかるんだよ!そういうことを説いています。

「自分の薄暗い心の中でぼやっと光るわずかな灯火その一点のみを見つめるんだ。そして、それに全てをかけるんだ」と言っています。これですね。


自信はいらない

岡本太郎は「自信なんてのはどうでもいいじゃないか。また、すべきじゃない。自信なんてことを考えるから、人の目が気になるんだ。ぼくは自信があるとは思っていない。自信なんてものはどうでもいいじゃないか。そんなもので行動したら、ロクなことはないと思う。僕はありのままの自分を貫くしかないと覚悟を決めている。それは己自身こそ最大の敵として容赦なく戦い続けるということなんだ。頭が悪かろうが、顔が悪かろうが、財産がなかろうが、それが自分それが絶対なのだそもそも自分と他人を比べるから自信などというものが問題になってくるんだ自分の信じていることを正しいと思うことに脇目もふらず突き進むんだ。私は自信に満ちているように見えると言われるが自信などを保ちたいという卑しい考えを持たぬよう自分を突き放しているだけなんだ」と言います。

「自分で自分を最低の悪条件に突き落とすんだ」

最大の敵は自分、ならば己を殺せ、それが人生の極意だ!自信なんてのは相対的な価値観だ誰より上とか下とかそういう考えにとらわれている証拠だと言っています。奥深い~!

空気を入れ替えて・・・

意思を強くする方法なんてない!そんな余計なことは考えるな!本当に君が今やりたいことに全身全霊をかけて集中するんだ!何度うまくいかない、そんなことはどうでもいい!結果は関係ない自分の運命をかけるんだ!

自分に自信がないと思うことが中途半端だ!空手にしても、キックボクシングにしても、河合述にしても、仕事にしても、あなた自身、中途半端で価値を提供できないと考えること、意味があるのかなって思ってしまった時点でダメ!!!

本当に生きるということ、いつも自分は未熟なんだという前提で、それを平気だと思って生きることだ!それを忘れちゃいけない!下手にやろうと決心すれば、寧ろ、人生が面白くなるかもしれない。

逆に物事が上手い奴に限って世間の基準のもとに決められ、それに慣らされている人間だ!だから上手い奴ほど、どのくらいの位置に自分がいるのかまず基準を先に考えてしまう。しかしそんな基準なんて無視しろ!ヘタはヘタなりに自分は下手なんだと自覚をし決意をすればもっと自由な練習もできるし、強い下手が関係なく、なりふり構わず自由に動くことができる!そのヘタさが生きるあなたの魅力に変わるんだと。熱い・・・。そうですね、覚悟と行動って、こういうところから差がでてきると思います。


ただ、1つだけ、重要なポイントがあることを言っています。「やろうと思ったときその一瞬あなたの心の中でパッと光る小さな灯火、それにすべてをかけろ!」と言っています。精神は無、瞬間の熱意は最大の行動と情熱をかけるという習慣が重要だと言っています。

孤独からの解放

自分を突き放してみたらどうだろう! 孤立してもよいと腹を決めて、自分を貫いていけば本当の意味でみんなに喜ばれる人間になれる!自分にとって一番の敵は自分自身なんだ!自分を大事にしすぎているから色々と思い悩む、好かれなくていいと決心をして、自分を投げ出してしまいます。

ダメになって結構そう思ってやればいい最悪の敵は自分自身なんだ! 自分をぶっ壊してやるというつもりでそれくらいの激しさで、自分を破壊して、新しい自分になることです。人は自分を客観的に見ているように思っていても実は誰もが自分のことがかわいくて大事にします。何度も何度も「自分を大事にしすぎるな」と言います。

自分のことを箱入り娘のように大事にしすぎると今の自分を壊せない、新しい自分になれない。だったら自分をもっと突き放し戦っていくしかない!瞬間瞬間に沸き起こる気持ちを信じて自分の運命にぶつかっていけというわけです。

岡本太郎!幸せとか幸福とかそういった類の言葉が大嫌い

岡本太郎は、「鈍い人間だけが幸せなんだっていうんですよね」と言っております。この感覚理解できますでしょうか?これで幸せなんだと自分を納得させている部分がないかと問題定義をしています。 今日は幸せじゃない部分があるんじゃないのかそれを直視せず、ごまかして何事もないようにニコニコしているだけじゃないのか?家がある家族がある給料があるだから僕は幸せ?そうではなく、自分は死ぬ瞬間に私は生きてきたと言われることが重要だと説いています。岡本太郎は、自身の幸せではなく、何を追い求めるべきかということが重要だと説いています。

幸せなんて言葉では収まりきらない心の奥底から湧き上がる喜びが最大なことです。チームで、空手の試合、キックボクシングの試合に挑み、そのプロセスと勝利を得たときの感覚のようなことでしょうか。

「自分が傷つかない安全で快適な世界の中に居続けちゃいけないんだ!そこにあるのは幸せという言葉を借りた偽りの世界だ!自分の心の中をよく覗いてみるんだ、そして、心の声に耳を澄ませてみるな!本当にこのまま人生を終えて君は満足できるのかな?幸せという言葉に惑わされずに外の世界へ飛び出すんだ。次のレベル、世界へどんどんチャレンジしていくんだ!確かに先へ進めば進むほど苦しい、きっと今より傷つくし、今よりも辛い最悪に近づくと言っていい、しかし、措置があり、いかなければこの世界に生まれてきてよかったと思えるような歓喜を味わうことはないんだ」と説いています。強烈ですが、物事にこだわり、極限まで自分を追い詰めたことがないと理解し難いことかだと思います。


「歓喜(かんぎ)」とは、実は仏教用語でもあります。身の震えるような喜びを示すのです。大乗仏教では、菩薩が如来になった過程に「十地」(じゅうち)と呼ばれる菩薩行の実践が説かれています。そこでは、菩薩がはじめて仏教の知恵を知り、歓喜の身となる第一歩の地を「歓喜地(かんぎち)」と呼びます。限りなき知恵が、菩薩自身だけではなく、全ての衆生に対して働く大きな慈悲となって、働き及ぶ第一歩です。


私たち人間が感じる「歓喜」は、まだまだ小さいと感じます。こう考えると、空手やキックボクシングの試合で勝利を収めた、黒帯になった、もしくは、中学・高校・大学受験の合格など、小さいことかもしれません。どれもこれも、感動を伴う、人生の道標になるようなことであるかもしれません。しかし、「その先」にこそ、本物の歓喜あふれることが待っていると知ることは、得がたいことだと思います。

 空手でも、キックボクシングでも、最初は級位段位を目指す、プロキックボクサーになって、日本チャンピオンになる、世界チャンピオンになる。しかし、学びの励みになるかもしれませんが、自分だけでなく社会にも貢献できるような学びを説くように自然となっていることが必要です。それは、力を持ち、相手に影響力で、社会貢献をすることでしょう。さらにスキルアップをして、後進の育成、勝敗を超えたスポーツの喜びを伝えることなどが必用です。それらの景色が見えたとき、真実の「歓喜」に出会えるに違いありません。

ただ、物事を取り込みメーターを振りきって、限界突破した思考の究極は、幸福な人生という究極の考え方だと思います。

太陽の塔

私たちの生きる社会に対して、独自の見解を述べられています。特に利潤だけを追求する資本主義的な考えが何でも割り切ろうとする科学主義功利主義もついて、強く批判しています。人類の進歩発展を表現しているというのは実は万博のテーマに合わせた表向きの政治的な理由であり、裏には神のメッセージが隠されているということがわかったんです。このまま資本主義を突き進み豊かさ便利さだけを追い求めてはダメだ!人類は自らの歩む根本から見直すべき時代がやってくことを全身で感じていたんです。現代社会に通じる大切なことを説いていたことに、感銘します。


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1988-2020  @ YOSHIN-KAN KARATE&KICKBOXING