塾講師本音「塾、進学教室はいらない」

最終更新: 2月28日


教育基本法 第3条 (教育の機会均等)

「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。」


まったく法律と実際は違います。親の年収や資産力によって、教育が平等になっていない実態が、現在の日本社会です。お金がない家庭へ冷たい社会、いっしょに、教育の意義を考えましょう。「本来、まずはしっかり学校で勉強は教えるべきではないですか?塾や家庭教師はいらない!」と言いたいです。


ただ、冷静に考えると、学問から得れる学歴や資格では、社会で楽しく生きられない。言い換えれば、教育は、社会で自分のやりたいことのための自己実現をする手段であり、目的ではないということを知るべきです。常に本を読んだり、いろいろな経験をして、面白い人になること、興味をもってもらえる人になることです。チャンスは訪れ、単に学歴や資格から抜け出せない人より、社会で楽しく生きる方法を獲れる可能性が高いことを知るべきです。

成績を伸ばせるのは親次第

 塾講師を行ってきた経験のなかで、成績を伸ばせているのに、成績が落ちる子がいます。親の主観が入ってきたとき、生徒のモチベーションが落ちて、成績不振になることを見てました。また、そのような親に限って、子どもの不安に気づかず、学習以外はどうでもよいと思い、怒り出す親を見てきました。そして、親子で将来のことが話し合われていない、目標設定がないことが多いです。目先の点数と偏差値にこだわり、講師としては、「あの家庭は何をしたいんだろうね?」と内部で話すことが多かったです。現在の大学生でも、教科指導をしていて、同じ親の態度に対して、困惑することを経験しています。まずは、なぜ学習が必要なのか?を見つけ、それに向かって実現する方法を考えることが必要です。これは、学校でも、家庭でも考えるべきではないでしょうか。時代は、「学歴」より、「あなたは何ができますか?」の時代です。加速化する社会とビジネス変化に対して、社会人でも困惑しているぐらいです。そして、ほとんどの大人が社会の変化へ対応しきれていないです。そのことを一番感じているのは、大学生で講師です。親や大人の考え方が、何かずれているし、教育の在り方にも疑問に思ってきました。

心の教育が必要

 単純に、学習をすることは日々の訓練は必要です。小さいときから、学習の習慣は、家庭でも、塾でも、家庭教師でも、できることです。無論、塾や家庭教師は、「分からないことができるようにする」、その結果、「成績があがる」、必然的にモチベーションをあげることは良いかもしれません。ただ、社会にでれば、自分の目的や仕事にあった勉強をしなければいけなくなります。個性がある生徒に対して、必ずしも、すべての生徒の成績を上げることができません。そのときに、生徒の心に向き合うことは必要だと思っております。

 「先生が面白い」「先生と興味あることが同じものがある」とか。お互いが心のキャッチボールができると成績はあがりますことがあります。特に、成績があがらない子には、ここからスタートできることが一番です。

 成績をもっとあげたい場合、「ルーティングワークとして勉強ができるようになる子」と「意味を考えてその徳で勉強ができるようになる子」と2つのタイプがあります。前者は、小さいときから学習訓練を塾などで受けているので、エゴが働かないで、抵抗感がなく、学習に挑めています。ただ、学習のフットワークや苦手なものを見つけて、徹底して直していけば良いです。教科学習でコツをつかめば、成績があがれば、問題はないです。後者は、ある程度、自画が芽生えており、そのため、都合の良い学習スイッチのオンオフが働き、学習への勉強ができないことから、「勉強できなくてもいいじゃん」とか、そういうようになってしまいます。そのため、ひとつずつ、勉強をしたほうが良い徳を説いていくと、やる気があがってきます。本質としては、目標合格よりは、何をしたいから、こういう進学が良いと言えたほうがいいと思います。

嘘でモチベーションをあげる管理者たち

 あいからず「少しでも高い偏差値の進学」「高い偏差値の進学をしたら、将来が保証される」っていうことを平気で言う先生がいます。人生でやりたい仕事につきたいときに、学歴や勉強ができることはプラスには生じるとは思いますが、高学歴だから、将来が保証されることうはないです。現に、東京大学がでても、コミュニケーション能力が低い学生は就職できない子もいます。

お金で成り立つ学歴

 義務教育課程において、教科指導の補足は、外部の塾や家庭教師で補うべきと、平気で言う先生が多いことに驚きます。昔から、学校と塾がつながっていると感じるときがありましたが、より鮮明になってきました。教育の放棄じゃないかと感じます。もし、子供たちが、外部の塾や家庭教師が平等に権利を与えているのであればよいですが、教育費と偏差値が比例しています。高学歴になればなるほど、全体の比率として裕福なサラリーマンや事業者の家庭が多いです。教育の平等性を考えたら、、外部の塾や家庭教師も公的になったほうが良いんじゃなかいと思います。放課後以降の学習体制の公的な平等化になるべきだと感じます。

揚心館・寺子屋

 道場生であれば、本部の練習時間19:00~21:00の間、道場にある机で勉強をしても良いです。揚心館・寺子屋システムは、学習目標を定め、「学習習慣をつける」ことに力を入れます。最初は、学校の宿題でも良いです。バカみたいな日本の教育システムにメスを入れたいです。


社会人になれば、勉強は自分でやりながら、進めていくものです。学習する習慣、学習をするコツを日々精進することです。武道と同じです。

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1988-2020  @ YOSHIN-KAN KARATE&KICKBOXING