日本人はサムライ魂を受け継いだ教育を受けた人種である!日本・日本人にプレゼンをするには最高のプレゼンだと感じます。考古学や国学から見ればどうかな? と疑問に思う部分はあるけど・・・・すばらしい! Inazo Nitobe「Bushido, The Soul of Japan」
武士道精神を学ぶことが世界中を共感=民族の個性
何がすごいか!それは、新渡戸稲造( にとべ いなぞう )は、子供の頃から英語を学び、エリート教育を受けて留学、先進教育を身に付けて帰国し、お雇い外国人に代わって後進の指導を任された方です。日本人はみんな「武士道」精神をもった国家である!と断言しています。日本人最強のプレゼン本です。
ところで、現在でも外国人から日本人について質問されるシーンがあります。新渡戸稲造も同様、ドイツ留学中にベルギーの法学者から「宗教教育がない日本はどのようにして道徳を教えるのか?」という質問をきっかけに、その答えを形にした本が「Bushido, The Soul of Japan」 (原本は英語です)です。有名な話ですが、アメリカ大統領・ルーズベルトが日本について知りたいことから、新渡戸稲造『Bushido, The Soul of Japan(武士道)』を読むように進められ、読んだだと、非常に感動したという有名な話があります。
新渡戸稲造は、お金だけなく、切手にもなったすごい人!
現代武道の教科書、世界のプレゼン教科書
日本では、道徳は、宗教教育や学校で培われるものではなく、家族、一族、地域社会の中で受け継がれるもの。面白い表現として、これらの日本の集団社会で育つ子どもたちは武士道を叩き込まれていることになっています。
その背景は、もともと鎌倉時代の戦闘の掟が、武士階級の道徳的原理の掟として確立し、かつ、民衆への浸透していったことにあります。
儒教でいう「五常」を説いています。武士道と儒教道徳は同じような表現で扱われています。
特に、愛に加え、恥、名誉、義理といった「誇り」というものを持つことを説いています。特に印象的なのは、「名誉」と「名声」が、命よりも重いことを説いています。例えば、忍耐や我慢、切腹や敵討ち(かたきうち)の制度などです。私は、日本人の 気高い を表現するには良い表現だと考えています。
武道を学び、新渡戸稲造『Bushido, The Soul of Japan(武士道)』を使った紹介をすれば、神(最近の子供たちは、最強な人や事柄を「神」というので、使ってみました)です。
新渡戸稲造『武士道』の要約
第1版への序文
ある時私は、ベルギーの法学者に「日本には宗教教育がない」と話したところ、「宗教なしで、どうやって道徳教育をするのか」と驚かれた。思い返すと、自分に善悪の観念を吹き込んだのは武士道であることに気がついた。封建制と武士道がわからなくては、現在の日本の道徳観念はまるで封をした「巻物」と同じことだとわかったのである。
第1章 倫理システムとしての武士道
武士道は、戦う貴人が職業だけでなく日常生活においても守るべき道で、「騎士道の規律」「ノーブレス・オブリージュ」(身分高い者に伴う義務)である。それはむしろ不言不文の語られざる掟、書かれざる掟であったというべきだろう。それだけに武士道は、いっそうサムライの心に刻み込まれ、強力な行動規範としての拘束力を持ったのである。
第2章 武士道の源(sources)
武士道は仏教と神道から大きな影響を受けているが、源は孔孟の教えであり、知識を行動と一致させよという王陽明の「知行合一」の実践であった。
第3章 義(rectitude)もしくは正義(justice) 義は、サムライの規範の中で最も厳格な教えである。裏取引や不正な行為ほど嫌われるものはなかった。
林子平は「勇気を伴ってなされる決断力である。道理に任せて決断し、ささやかもためらわない心」といっている。
孟子は「仁は人の心であり、義は人の道」であると説いた。
義理は義から出たものである。義理は本来、単純で明快な義務のことで「正義の道理」の意味であった。
第4章 勇気、勇猛心と忍耐
勇気は、義のために行われるものでなければ、徳として数えられる価値はない。勇気とは、正しいことを行うこと。
第5章 仁(benevolence)、惻隠の情(the feeling of distress)
愛、寛容、他者への愛情、同情、哀れみは、常に至高の徳として認められる。仁は、優しい母のような徳である。孟子は「惻隠(そくいん)の情は仁のルーツである」と言った。か弱き者、敗れたる者、虐げられた者への仁の愛情は、とくにサムライに似つかわしいものと認知された。
第6章 礼儀正しさ
礼儀のルーツは、他人の気持ちを尊重することから生まれる謙虚さや丁寧さである。礼儀は、他を思いやる心が外へ現れたものでなければならない。
第7章 真実性(veracity)と誠意
真実性と誠意がなければ、礼儀は茶番か芝居である。サムライの約束は、通常、証文なしに決められ実行される。証文を書くことは面子を汚すことであった。
第8章 名誉 名誉は、この世における最高の善として尊ばれた。若者が追求しなければならない目標は、富や知識ではなく名誉だった。
9章 忠誠の義務
自分の命は主君に仕えるための手段と考え、それを遂行する名誉が理想の姿だった。
第10章 サムライの教育と訓練
武士の教育で第一に重視されたのは、品性の形成(to build up character)であり、思慮、知識、弁説などの知的な才能は二義的であった。「知」「仁」「勇」は武士道を支える三つの柱であって、武士は行動する立場の人であった。現実には教育の課程として剣術、弓術、柔術、馬術、兵法、書道、道徳、文学、歴史などから成っている。武士は知識よりも品性を重んじ、知性よりも霊魂を磨くことを任務とした。
第11章 克己心(セルフコントロール)
武士道は、一方において不平不満を言わずに耐える不屈の精神を訓練し、他方においては、自分の悲しみや苦痛を外面に表すことで他人の楽しみや平穏を損なわないように、という礼儀正しさを教えた。
第12章 自殺と仇討ちの法制度
切腹は単なる自殺の手段ではなく、法制度としての一つの儀式だった。仇討ちは四十七士の物語に見られるように、当時唯一の最高法廷であった。
第13章 刀、サムライの魂 刀は、武士道における力と勇気の象徴であった。15歳で帯刀をゆるされ初めて武士の資格を認められた。腰の刀に誇りと責任を持ち「刀は伊達にささぬ」もので忠義と名誉の象徴となった。刀は神聖なものとされ、決してまたぐことはしなかった。 第14章 女性の訓練と地位 武家の女性の教育で最も重要なことは、家を治めることにあった。芸は客を歓待するためであった。母として子供のために己を犠牲にし、男性が主君と国のために身を捨てることと同様、自分の意志に基づくものであって、それは名誉あることとされた。
第15章 武士道の影響
俗謡に「花は桜木、人は武士」と歌われ、武士道精神を表す「大和魂」は、日本の民族精神(フォルクガイスト)を象徴する言葉となった。
第16章 武士道は生き続けるか
武士道はこのまま廃れるのだろうか。芳しくない兆候が漂いはじめている。
第17章 武士道の遺産 武士道は独立した倫理的な掟としては消え去るかも知れない。しかしその光と栄光は、廃墟を越えて生き延びるだろう。
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